中学三年の健太は、学校から帰るところだった。春の訪れを告げる桜の花が咲き誇り、風に舞う花びらが空を彩っていた。健太は花のかおりに気付いてふと足を止めた。そして、桜の植えてある小さな道に足を踏み入れた。
健太の頭の中は、お母さんが買ってきたという甘酸っぱいイチゴでいっぱいだった。だからいつもと違う、近道を選んだ。
スマートフォンで確認したら、この道から自宅まで五分だと言う。道の脇では桜の木々がひときわ美しく、まるで彼を誘うかのように立ち並んでいる。健太はその魅力に引き寄せられるように、奥へ奥へと進んでいった。
やがて空き地の入口にたどり着いた健太は、首筋になにか不気味なものを感じた。見渡す限り、桜の木が彼を囲んでいる。花の下では、風もないのにゴウゴウ鳴っているような気がする。そのくせ風の気配はなく、自分の姿と足音だけが、空き地をがらんと響いている。
春のあたたかい日ざしなど、ここには差し込む気配はなかった。空き地は坂になっていて、行けども行けども突き当たりにはならなかった。それどころか、いつの間にか崖に立たされていた。崖から覗き込むとその底に細い川のようなものが見えた。
健太は、その底をじっと見つめ、二、三歩そこから退こうとした。しかし、足がすくんで動けなかった。
夕日が刻々と沈んでいく。薄紅の花が、赤くくすんでいく。暗くなる空を見上げながら、健太は心の奥底から「助けて、助けて」と叫んだ。しかし、返事はない。ただ風が桜の花びらを舞い上げる音がするだけだった。
このまま日が落ちたら、きっと自分は気が狂ってしまう。
健太は、目の前がぐるぐるしはじめた。
そのとき、カラスが鳴いた。
――そうだ、学校のある大通りには車が通っている。
目を閉じて、健太は静かに深呼吸した。そして心を落ち着かせ、車が行き来する音に耳を澄ませた。その音が、彼に方向を示してくれる。
健太は泣きたい気持ちをこらえ、再び出口を探し始めた。慎重に一歩一歩、音の方へ進んでいく。
車の音が大きくなる。薄く目を開けると桜の木の間から見える道の光がぼうっと差し込んできているのが見えた。健太が数歩進むと、桜の花はほのかにかおった。
光は、ちょうど、人が一人通れるぐらいの塊だ。
いまだ。いまを逃したら二度と出られない。
健太は、急いでその光に向けて走り始めた。光は刻々と濃くなっていく。
夕日はもうほとんど沈んでしまっていたが、彼の心には新たな光が差し込んでいた。
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